今年はなぜかたくさん咲きます、ホテイ草。一日花ですが、あとからあとから咲いてくれます。水槽に入れておくと金魚がその根を食べてしまうので、根がヤセます。なのでこうして養生させているのですが、とにかく増えます。今年もそろそろ家の前に出して、欲しい方に持って行ってもらうつもりです。
ああ、やっと少し楽になった介護。夫に分担させることにしたのだ。強い言葉を使ってしまいそうなので詳細を書くことはやめるが、とにかく疲れたのだ。心がねじ曲がってしまいそうになって、いやすでにそうなってしまっていたのだ。
下の世話やら風呂、食事の支度・洗濯・掃除など、そんなことはたいしたことじゃない。ただ、衰えていく彼女に、少しでも体を使うよう、自分でできることをさせようとすることに疲れた。「いいよ、10分でも20分でも、一時間でも待つよ。」とその度に言う。「できない」と泣きべそをかくふりにも耐えて促す。だってできるんだから。できないことは全部手伝っている。でも毎日できていることなのに、やろうともしないで必ず先ず「できない」と言う。こっちだって待つのは大変なんだ。そのうち「いじめないでよ」とくるから、私もつい「寝たきりになってもいいの?」と。次第に言葉も声も更に強くなり、いつの間にか鬼になっていたかも知れない、「虐待だ」とまで言われることもあった。でも彼女はボケたからではないんだ、昔からの彼女の生き方がそうなのだ。それを知っているからこっちも心に余裕が持てなくなるんだ、嫌いになるんだ、否定してしまうんだ。
まあ、そんなこんなで決めたのだ、着替えは全部私がやってあげることに。歯磨きも「あなたがそれでよければどうぞ」と細かく指示はしないことに。デイサービスの送迎も、歩行器で歩かせるのをやめ車椅子にした。あ~、楽。「赤ちゃんみたいに全部やって貰いたいの?」と聞くと「そう」と答える彼女にとっても、「待つ」「耐える」ことがなくなった私にも、二人には幸せな選択。
「それが嫌ならあなたがやりなさい。」と夫に言うと、デイサービスの行き帰りや休みの日の散歩は彼が歩かせることになり、夜の食事が終わった後は彼の担当になった。ああ、ほんとに楽になった。彼女の声や匂いにまで拒否反応を覚えるようになっていた私。これでやっと、また少しもとに戻れる。優しくなれる。明日と明後日は夫が朝から出かけてしまう。歩行器を、・・・持ち出そうか。
ああ、こういうことは書かないつもりだったんだがな。