~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


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 百歳の旅立ち 

昨日、ご近所のおばあさんの通夜へ行ってきた。百歳であった。最後の一年ほどは入院されていたが、見舞いに行き話しかけるとちゃんと受け答えしてくれていた。肌もピンと張っていて毬のようだった。別にむくんでいるわけではなく、そもそものお顔のままだという。都知事から贈られた銀杯をとても喜んでいたらしい。家での転倒がきっかけで床に入る生活がしばらく続き、昼夜のない看護生活となったための入院であったらしいが、それでもお嫁さんは毎日病院へ通っていらした。いいお嫁さんがいらして、曾孫の顔も見られて、ありそうでない、お幸せな人生だったのではないだろうか。

ところで、葬式というものは地方によって色々と違うものなのね。昨年、叔父の葬式へ行った時のこと。山梨なんだが、なんと男女が分かれて座るじゃないか、しかも対面形式で。親戚と知人とに分かれるのものだと、そして当然故人に向かって座るのだと思っていたから、驚いたね。しかも喪主は上座の席に着くわけではなく、入り口で焼香客を出迎え挨拶をしている。焼香台は入り口近くにあり、着席しているみんなで焼香客の顔を見、礼をする形になる。なるほどこれもいいなと思った。
「故人がお世話になったね、ありがとう。来てくれてありがとうね。」
という気持ちの表れなんだろうと解釈した。でもこれだと「○○さんは来てないじゃんけ」と出欠が皆に明らかになってしまうじゃんけ(笑)。しかしそれも地域の連帯、絆というものか。「みんなで生きている」という共同体意識の現れなのかも知れない。いいな。では男女が分かれて座るのはなぜ? 親戚だの知人だの何々関係だの、そういった浮世のしがらみを解いて、かつ誰もが迷わず整然と席に着くことができる形、そういうことかもね。いいね。

違いに驚いたことを従妹に話すと、「富士吉田のほうじゃね、香典を包んじゃぁイケンだよ。包んで渡すとおこられて、中身を出されるだよ。」そりゃ困る(笑)、いくらかわかっちゃうなんて。そかそか、だから多少見栄を張ってみんな多めに出す、それが狙いか、あはは。なるほどそれもいいかも、互助の精神。地方色って面白い。それぞれ地域に、生活に根付いていて、いい。

そういえば山梨ではまだ「講」が残っている。「無尽」という。定期的に会って話をするから、それぞれの家庭の様子もわかる。だから金銭の助け合いだけでなく、精神的な助け合いや思いやりが育まれるわけだ。これも、いい。