~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


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 暑い夏の「冷たいヤカン」

先週の生協の日、あんまり暑いので、生協のお兄さんに缶ジュースをあげた。「とっても嬉しいです」と喜んでいた。昨日、駐車場の草取り&掃除をしていたら、そこの住人の老婦人が缶ジュースを下さった。やっぱり嬉しいモンだね。こんな日には「冷たいヤカン」のことを思い出してしまう。もう十数年前になるだろうか、「夏子通信」に書いたのだが、面倒くさいから文章は直さず当時のまま載せるね。

 その冷たいヤカンは、夏になると毎日文房具屋の店先に置かれていました。
小学校の帰り道、子供にとっては結構長い道のりのちょうど中間あたりに、夏、舗装されていない道路の埃を吸いながらちょうど喉が乾き始めるそのあたりに、その冷たいヤカンはあった。アルマイトの大きなヤカンはいつも汗をかいていて、蓋の上には、やはりアルマイトの小ぶりで少しひしゃげたコップが置かれていた。「飲んでいいの?」と店の人に聞いたわけでもないし誰から教わったというわけでもない、みんなそうしていたから、私も友達も毎日その冷たい水を飲んでいた。ぶどう畑や麦畑の続く帰り道の小さな文具店は、扉は開け放しでいつも店には誰もいないし、私達には格好の休憩場所だった。

 ある日一度、そのヤカンが無かったことがあった。毎日冷たいヤカンがそこにあるのは当然の事だと思っていたから、私は店に入り声をあげた。「すイませ〜ん、お水くださ〜い」。おばさんが持って来てくれたヤカンの水は、いつもよりもっともっと冷たかった。その時少しだけ、なぜいつも水が冷たいのか解ったような気がした。

 今思うと、おばさんは毎日私達の下校時刻に合わせて井戸から水を汲み、店先に置いておいてくれたのだった。しかも夏のことだ、南に面した店先のコンクリートの上に置かれていたヤカンがいつも汗をかいていたということは、並大抵のことではない。尤も学校で遊び呆けた帰りに、友達と「ぬるいね」などと文句を言ったこともあるが。それに子供のことだ、後から来る仲間のことを思う気持ちなど更々ない。飲みたいだけ、飲む。きっと彼女は何度か表に出ては、水の量、温度を確かめ、新しい水と交換していたに違いない。
なのに、私はそこで買い物をした記憶がほとんどない。なぜなら小学校の隣に大きな文具店があって、そっちの方が品物が豊富だったからだ。きっとみんなそうだったと思う。もちろんおばさんは、そんなことは承知のはずだった。けれどその冷たいヤカンは、毎年欲しいなぁと思う頃にはそこにあって、私達の喉を潤してくれたのだった。

 子供達の間で代々受け継がれてきた、夏の帰り道の水飲み休憩。冷たいヤカン。それは当然のことだったから、当然親にも話してはいない、先生にも話さなかった。ありがとうを言えたのも、水を注文したその時だけかも知れない。おばさんは「ありがとう」の言葉を、その長い年月の間にいったい何回聞けたのだろうか。「冷たいヤカン」は、今ではこうして私の心を潤してくれている。おばさん、ありがとう。