~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


詳しくはこちらからどうぞ⇒ ほさか夏子のスケジュール

清太郎さんの森

写真は4月に行った保存林で撮ったもの。


昨日ね、NHKのBSで
「清太郎さんの森」という番組の再放送を見ました。
とっても素適でした、清太郎さんも森も。

ネットで検索したら多くの方々がすでに記事にされていました。
こちらは清太郎さんの森の四季を写真に撮られていらっしゃる方。
http://mozmoz.web.infoseek.co.jp/satoyamaframe.htm
秋田森の会のアドレスも書いておきますね。
http://homepage2.nifty.com/611028/index.html


彼はね、祖父の代からだったかしら、林業を営んでいます。
高度成長期、家の建築ラッシュが続いた時、
国が杉を植える奨励をしたみたいなのよね。
で、秋田だけでなく日本中にたくさんの杉が植えられた。
雑木林や里山がなくなっていった。
そして木材の輸入自由化となる。
高い日本の杉が売れなくなった。
清太郎さんも従業員を解雇し家族経営に切り替えざるをえなくなった。
そしてコストダウンと手のかからない方法を考える。


なんといっても一番経費がかかるのが、間伐だという。
杉を大量に植え込んで、太陽を求めてとにかくに上に伸ばさせる。
人によっては肥料を与え、それは強引とも言える手段で。
ある程度伸びてきたら生育のよくない木を伐採する。
この時の量は植えた木の三分の二にもなるのだという。
だから彼はなんとか間伐しないで済む方法を考えた。
そして天然林の逞しい杉をヒントに、広葉樹の中に三本ずつ植え込んでいく方法をとった。
天然林のように下草も刈らずにおいた。


ある時台風という自然災害によって、その方法が間違っていなかったことを教えられる。
杉だけの植林の森は、折れたり根元から倒れたりしていた。
清太郎さんの森でも億という被害を受けたらしい。
ところが広葉樹の中の杉に被害はなかった。
広葉樹が風を緩和し、下草が根を守ってくれたかららしい。
そうして今の清太郎さんの森に繋がっていった。


広葉樹は葉を落とし、冬場には充分な太陽を杉に与えてくれる。
また葉は腐葉土となって栄養となる。
様々な植物や動物が集まってきた。鳥のさえずる命豊かな森となった。
彼はこれらどれひとつ欠けてもいけないのだと思った。
すべてが共存し共生しているのだと。


そして彼は言う。
「森の木のようになりたい。
 木は動くことができないし、私もここから動くことはできない。
 けれど木にはこうしていろんな生き物たちが集まってきて、
 皆で共存し支えあって生きている。
 私もそんな木のように生きたい。」
ちゃんと覚えていないで文言はこうでなかったと思いますが。


頭の中で会得したものではなく、
自然から身体を通して得た言葉の重みがそこには感じられました。
山を訪れた子供らとの会話にさえ彼の心優しさが感じられ、私の心に染み入ってきました。


人間と森との共生、共存。
手入れもされず病気に罹っている杉たちを見ることが多い現実。
毎年飛ばす沢山の花粉は、彼らの悲鳴かもしれません。
里山の有難さ、必要性。
里山は人間の心まで育んでくれるものだったのかも知れません。


ちなみに、それでも林業だけでは生業がたたず、彼は半農半林です。
日本の林業の難しさがひしひしと伝わってきます。