~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


詳しくはこちらからどうぞ⇒ ほさか夏子のスケジュール

 金魚の学校

昨年の写真。上部に見える青いのはカゴで、
この中に目の細かい網を入れ、稚魚を養育していた。
でも成魚になる確率が低く、今年はまた一昨年のように
生協の発泡スチロールの箱で育てている。


小学校の根岸先生
あることで私は先生の腕を引っ掻いてしまった。
放課後呼ばれた。
だが彼女はそれについて何も咎めたり諭したりしなかった。
そして穏やかに優しく、こう話すのだった。
「いつもご飯を作っているんでしょ。
 美味しいカレーの作り方を教えてあげるね。
 お砂糖をちょっとだけ入れるのよ。・・・。」
今でも彼女の住所はソラで言える。
夏子通信をお送りしたら、まだそのご住所にお住いで、お葉書をくださった。


小学校の粟沢先生
嫌がらせをいっぱいした。こっちを向いてほしくて。
父のいない私は、彼に甘えたかったのだと思う。
友達をも巻き込んで授業のボイコットまでした。
校庭に校長の声がスピーカーから流れる。
「そこにいる砂場の生徒たち、今すぐ教室に戻りなさい。・・・。」
たった一年で彼はこの学校を去った。
ほんとうに申し訳なかった。
ちなみにこの時初めて、体制という覆いかかるとてつもなく大きな圧力を子供心に意識した。
先生に砂場に来てなだめてもらいたかっただけなのに、
なにもマイクで校長が怒鳴らなくってもねぇ・・・。


中学校の長田先生
クラス中がまとまった珍しい組だった。
「♪お〜さだせんせ〜 いいせんせ〜 ・・・」
と替え歌まで作り皆で歌ったものだった。
体育の先生でもあった彼女、そうです、4をくれた先生*1は彼女です。
鉄棒で逆上がりのできない子が、私を含め何人かいた。
「皆が出来るようになるまでは、先に進まないよ」
そう言われては仕方ない、毎日学校や公園で練習練習・・・。
やっとできるようになった。
跳び箱など一段とて飛び越えられぬ私が、
逆上がりが出来るようになったのである。
おかげで「やればできる」ということを教わったのだ。
と同時に自信もつき、それはいつの間にか
「いつでも(やればできる)」に変わってしまっていて、
いったいその「いつでも」は「いつ」来るんだろう(笑)


中学校の遠藤先生
転校してきてイジメにあう私を、いろいろと気遣ってくれた。
登校拒否児となった私に女の子を使わせ、友達を作らせようとしてくれたり。
気持ちはとてもありがたかった。
高校なんか行かないと言う私に、
出席日数を工作してなんとか入れてくれる高校を探してくれたり。
卒業アルバムも捨ててしまったので、
いまだにお礼を言えていないうちの一人、「ちゃびん」。


先生、ありがとうございました。


GGさまとティコティコさまのコメントで思い出し、私も書いてみました。
イジメられた高校の教師はマッサツでし。

*1:10日のコメント欄参照