~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


詳しくはこちらからどうぞ⇒ ほさか夏子のスケジュール

 ハランポランと老人たち

エリカは慣れた手つきで鋏を動かしている。客の緑髪まじりの細く少し縮れた髪が、ふわふわと床に落ちてゆく。
「そういえばハランポランは花の時期だねぇ。」ゾランがつぶやいた。
「いってみる?」鏡に映った客の顔を覗き込みながら、彼女の耳元でエリカはそっと囁いた。ゾランは待ってましたとばかりに、皺皺の顔をさらに皺皺にさせ、紫の入れ歯を見せながら声を出さずに笑った。
カットを終えるとエリカは早々に店の看板を下ろし、小さなワゴンにゾランを乗せた。
「サジジとフィオラも誘おうね。」そう言いながら、静かにワゴンを浮かせ発進させた。
サジジは足の衰えた気難し屋で家人は苦労しているらしいが、エリカが来ると好好爺に豹変する。エリカは肩を貸しながらサジジをワゴンに乗せた。老人ホームに寄ると、フィオラはベンチでうたた寝をしていた。少し低音のしかし軽やかなエリカの声を耳元で聞くと、とたんに晴れやかな顔で目覚め丸い目をくるくる動かした。
「ヲグヲグを誘ってもいいかい?」
フィオラの恋人も乗せたら、小さいワゴンはもう満席になった。
ナビが目的地まであと100オムと告げた時、もうすぐねと言ってエリカは助手席のゾランを見た。するとすでに目は虚ろになっている。静かになったなと思っていたら、やっぱりもう酔い始めているんだわ。さきほどから漂い始めたハランポランの香りに、きっとたくさん花をつけているに違いないとも思った。エリカはナビを消し、ワゴンにシールドをかけた。


ハランポランの花はまさに満開だった。花の時期は特に香りが強い。自生区に到着した時には、すでに老人たちの口元は半開きになっていてすっかり呆けた顔をしていた。にもかかわらず、ワゴンのドアロックをはずすと、足の弱いサジジまでが軽やかにワゴンから降り立ちハランポランの株の間をするすると歩んで行く。花が密集している地点まで辿り着くと老人たちは腰を降ろした。そして彼らの体はみるみるくねくねと揺れだした。ハランポランの香りは関節を柔らかくするのだという。その香りに酔い痴れながら体を開放してやると、なんとも言えぬ快感に身を包まれるのだという。だが、ある程度歳を経た肉体でないとその香りに酔うことはできないのだった。だからエリカはその快感をまだ知らない。しかも感応できる肉体にはこの上ない良い香りであるらしいのだが、実のところエリカにはちょっと臭い。しかし、この眺めを見ているといつも、そんなことはちっとも気にならなくなる。
エリカの手のひらほどの花々が、自生区一面小刻みに震え出した。薄いピンクの肉厚で透明な花弁、そこに透けて見える葉脈はその色をしだいに濃くしながら脈打っている。老人たちの体は、その口と目を半開きにしたままゆらゆらくねくねと揺れ続けている。ハランポランは生物の快感を感知し、その気を取り込み自らのエナジー補給としていると伝えられていた。花と老人たちの動きは次第に一定のリズムをとるようになり、共振は静かな音をも生み出しあたりを満たし始めた。それはもう音楽だった。美しい、そう思った。この感応の場を目の当たりにするたび、エリカはいつも涙が流れて止まらなくなるのだった。そして思った、ここがなぜ立ち入り禁止区域なんだろうと。それがエリカには不思議でならなかった。