~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


詳しくはこちらからどうぞ⇒ ほさか夏子のスケジュール

「その人は」CD販売開始

1.その人は (作詞・作曲 奥野秀樹)
2.息子よ歌いなさい <Mon Fis Chante>
3.幸せな愛はない <Il N'Y A Pas D'Amour Heureux>
4.じゃあ また <J'Arrive>

5.その人は (カラオケ)
6.息子よ歌いなさい (カラオケ)
7.幸せな愛はない (カラオケ)
8.じゃあ また (カラオケ)

 

Piano: フレデリック・ヴィエノ
Guitars & Bass: 白𡈽庸介
Percussions: 渡辺庸介
Violin: 吉久亜紀

Produced by 奥野秀樹

1500円

お求めはこちらからどうぞ 

12月11日よりジョイサウンドで配信される予定です。みなさまどうぞ歌ってください。

 

この曲は、奥野秀樹さんが、私の母と最初に出会った時ひらめいて作ってくださったものです。女手一つで育ててくれた母。当時男と対等に渡り合うのはとても大変なことでした。タバコも彼女にとってその小道具の一つだったのかも知れません。日に焼けた、たくさんの皺が刻まれた、意思の強い目を持った母を見て、たいした話などまだしていないのにも関わらず、奥野さんは何かを感じ取って下さったようです。母を亡くしてなお一層、母のありがたさが身に沁みているこの頃です。みなさんと共通するものが多い曲だと思います。どうぞ歌ってやってください。

 

譜面が欲しい方はこちらからどうぞ

 

 

便利だと思うのに、キャリーザックはなぜ少ない

写真整理記録 2019/08/26

そうだった、キャリーザック、このバージョンも作っていたっけ。いろいろと試したなぁ。土台がスワニーなので底面積が狭く、少し大きいものをつけようとすると自立しなくなるので、結構苦労したものだ。結局今ははずして使っているがね。まだなんとか、もう少しの間は、重たくても背負えるからねこのザックは。今この土台にはもっと大きいザックを付けている。

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キャリーザック

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キャリーザック(裏)

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水槽を二つに

そうだった、水槽を二つにしたんだっけ。井戸水が出なくなってしまい、もう古くなった水槽も替え時と、新規に二つ購入。前のよりは少し小ぶり。一つはカルキ抜きのため予め水道水を入れて用意しておくため。(そうか、この時はまだポンプも空冷だったか。ポンプは水冷に限る!)

でも今は井戸も回復したこともあって、一つは洗って乾かしておく。壁に張り付く藻も、洗って乾燥させておくと綺麗になくなる。

井戸ってお子守りが必要なのね、毎日出さないとダメなんだって。熊本地震の後、電動ポンプだけだった井戸に、手押しポンプをつけてもらった。電動も手押しも、使わないと出なくなっちゃう。冬には凍らせてしまって、これまたダメにしたこともあった。ありがたいけど、ちょっぴめんどくさいんだな。

 

 

 

 

こんだけしか乗れない、ってどうなのよ。

新宿駅でたまたま京王ライナーが出発間近だった。始まったばかりのサービス、乗ろうとしたら指定券を買わないと乗れないのだと言われ、ホームの売り場にいる駅員に頼み一枚購入、滑り込み乗車。なあんだ、明大前からはみんな普通席になるんじゃないか。それに、座れるのはありがたいが席が少ない。混雑時にこれだけの人員しか運べないってどうなのよ。(写真整理記録 2019/08/26)

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京王ライナー

 

八高線

「夏子新道/河原版」以来、ウォーキングはコースを反対に変え八高線までとした。NATSUCO2018-02-12


こんなに近くで電車が見られるので、撮り鉄たちがいる。下の写真は昨日のもの。祭日だったので、この二人の他に三人もいた。右は今日のもの。しかし、このコースだと一万歩に届かない。一万歩達成!の表示が出てくれると嬉しいもンでね、期待していたらあと300歩くらい足りない。ちょいと遠回りをして帰ればいいだけなんだけどね。でもそのちょっとの「遠回り」がねぇ、う〜ん。。。

帰りに河原の反対側を歩いて帰ったことがあった。分岐があるので、こっちは護岸の路が繋がっていない。人の歩いた形跡のある河川敷を歩くと、けっこうゴミが散乱していた。いつものコースもゴミがちらほら見うけられるので、「そうだ、次はカゴを背負ってきてゴミ拾いをしよう!」と思ったことがある。でもすぐに思い直した。「あんた何言ってんのよ。その前にウチだろ。ウチを綺麗にしてからだろ。」あはは。

今日は亡母の誕生日

「家族」ジャンルで書いてはいるが、写真の猫は家族ではないぞえ。ご近所の猫「ハルヨちゃん」だ。この界隈で触らせてくれる唯一の、出自は多分ノラの猫たんだ。散歩に出かける時はいつもハルヨちゃんを触って行く。今日ももちろんハルヨちゃんコースだ。近頃猫とのツーショットが流行っているようなので、私も一枚とハルヨちゃんに迫るのだが、そこは元ノラ、抱かれたりじっとしいるのが苦手、無理矢理撮らせてもらったのがこれ。あはは、確かに嫌がっておるわい。

2月11日は亡母の誕生日。
母はいつも男の恰好していたので、彼女のバイクの後ろ姿を見て、子供が「あのおばさん、おじさんけぇ?おばさんけぇ?」と言ったことがある。働く女だった。そんな彼女に小学生の頃、誕生日のプレゼントを渡したことがあった。男物の茶色のシャツだった。
「なんでこんなもん買ってくるんだ」「誰の金だと思ってるんだ」
照子さんは、多分そんなようなことを言った。以来、母の誕生日にプレゼントをしたことがないと思う、多分。そのこと以来、かどうかはコジツケのような気もするが、私は誕生日プレゼントを、誕生日を格別と思わなくなった。ただの一日。「特別な日だけど、ただの一日」と言い聞かせる日。自分のことならまだいいんだが、人さまのことまでそんな感覚でいる。唯一、熊本にいるHにだけは毎年贈っているが、それは彼女との絆がまだ繋がっているよという意思表示のため。H、元気にしてる?

「照子さん」と今日も声をかける。毎日毎日、思い出さない日はない。声をかけない日はない。