~~~~~~~~次回出演~~~~~~~~

9月13日㈮「神楽坂のソウルフルナイト」<オ・シャンゼリゼ>(神楽坂)
歌:ほさか夏子
演奏<La Maladie D'Amour>pf.Frédéric VIENNOT gt.白𡈽庸介 bs.立原智之


詳しくはこちらからどうぞ⇒ ほさか夏子のスケジュール

「はてなブログ」問題解決の「鍵」は?

腕輪利用のキーホルダー、けっこう便利。日に何度も何度も二軒を行ったり来たりしなければならないので、どうしても4つの鍵を持ち歩く必要がある。そのうち2つが似ていて間違えてばかりなので、マニュキュアで色分けした。それでも今までのホルダーでは間違えてしまうこと多々。それに指には引っかかるが腕には通らないので、不便なことが多かった。思いついたのがこの腕輪のホルダー。重ならないようにアクセサリーで間隔を持たせた。ちょいと置いた時もすぐ見つけられるし、いいですこれ。

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写真整理を兼ね、過去記事を書き始めた。しかし途中でこの「はてなブログ」に疑問を持ち始めてしまった。以前の「はてなダイアリー」には「今日の一枚」という写真をアップする機能があり、かなりの記事をそれでまかなっていた。「はてなダイアリー」終了に伴いこの「はてなブログ」に移行したわけだが、その「今日の一枚」は記事と別になってしまっていて、その写真を踏まえた上の記事なのに、別記事になってしまっているものだから、なにがなんだか分からない。数記事直してはみたが、いちいち写真を移動させたり削除したりと、全部直すにはいったいどのくらいの時間と労力を費やさなければならないか!!! その上、過去記事を見ようと思っても、簡略化されてしまっていて、いちいち戻ったり進んだりしなければならない。以前のように時系列そのままに、そのままの記事を続けて見られればいいのに、そうではない。facebookだのTwitterだのSNSと連携したりと、そのあたりを強化するあまり、肝心なことを忘れてしまってはいないか。ブログって別の役割があるはずだ。「今」ではなく「過去」をちゃんと振り返ることができなければ、意味ないじゃん。

やっぱ、引っ越しかなぁ。。。

似ていて、似ていない

久しぶりにマメができた。ウチにはなぜかまだ「ぶら下がり健康棒」があって、それを使い出してから約三週間なの。今月初めに痛みの原因が腰椎にあることが発覚。医者は治んないと言ったが、背骨を伸ばすのはいいんじゃないかと自己流の治療だ。痛み止めは朝一回で済むようになった。うんうん、効いているかも知れない。

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マメ

そういえば、照子さんもレントゲン写真が私と同じだった。「治らないんだって」と言い、我慢させていた。なんだ、そうか、痛み止めがあったじゃないか。以来彼女は痛みをほとんど訴えなかったので、放っておいた私。外に出る時は車椅子にした、それだけ。そうか、結構痛かったんだ。そうとう我慢強い人だったんだ。やっぱ照子さんはエライ。

体質は似ていて、気質は似ていない親子。

自分のために記録を残せ

うふ、100円。6穴のバインダー(万年筆は大きさ比較用)。17日にYSトレーディングの店舗でゲット。さっそく中の紙を買いに文房具屋に行ったら、なんとお盆休み。今日から開くので買ってこようっと。

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ケイタイに折々に移した写真が溜まっている。大事な時に撮るのを忘れたりと、写真を撮るのが習慣化していない私だが、それでもあるにはある。この辺で一度整理して記事にしておこうと思う。

日記もつけなければ手帳もあまり活用していない私は「あれ?あれはいつの事だっけ?」と過去のことがあやふやだ。最新のCDの録音だって「ん~、え~と、そっか二年前の10月?」ってなもんで。あれはナベプロのすっごくいいスタジオを、奥野秀樹さんのおかげで格安で貸してもらったのだった。録音風景は写真と動画で撮影してもらったのだが、その記録は手元にはない。あんないい体験をなんで記事にしておかなかったんだ。

さあ夏子よ、自分のために、このブログとこの手帳を有効に使え!

 

「生き方」

今年はなぜかたくさん咲きます、ホテイ草。一日花ですが、あとからあとから咲いてくれます。水槽に入れておくと金魚がその根を食べてしまうので、根がヤセます。なのでこうして養生させているのですが、とにかく増えます。今年もそろそろ家の前に出して、欲しい方に持って行ってもらうつもりです。

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ホテイ草

ああ、やっと少し楽になった介護。夫に分担させることにしたのだ。強い言葉を使ってしまいそうなので詳細を書くことはやめるが、とにかく疲れたのだ。心がねじ曲がってしまいそうになって、いやすでにそうなってしまっていたのだ。

下の世話やら風呂、食事の支度・洗濯・掃除など、そんなことはたいしたことじゃない。ただ、衰えていく彼女に、少しでも体を使うよう、自分でできることをさせようとすることに疲れた。「いいよ、10分でも20分でも、一時間でも待つよ。」とその度に言う。「できない」と泣きべそをかくふりにも耐えて促す。だってできるんだから。できないことは全部手伝っている。でも毎日できていることなのに、やろうともしないで必ず先ず「できない」と言う。こっちだって待つのは大変なんだ。そのうち「いじめないでよ」とくるから、私もつい「寝たきりになってもいいの?」と。次第に言葉も声も更に強くなり、いつの間にか鬼になっていたかも知れない、「虐待だ」とまで言われることもあった。でも彼女はボケたからではないんだ、昔からの彼女の生き方がそうなのだ。それを知っているからこっちも心に余裕が持てなくなるんだ、嫌いになるんだ、否定してしまうんだ。

まあ、そんなこんなで決めたのだ、着替えは全部私がやってあげることに。歯磨きも「あなたがそれでよければどうぞ」と細かく指示はしないことに。デイサービスの送迎も、歩行器で歩かせるのをやめ車椅子にした。あ~、楽。「赤ちゃんみたいに全部やって貰いたいの?」と聞くと「そう」と答える彼女にとっても、「待つ」「耐える」ことがなくなった私にも、二人には幸せな選択。

「それが嫌ならあなたがやりなさい。」と夫に言うと、デイサービスの行き帰りや休みの日の散歩は彼が歩かせることになり、夜の食事が終わった後は彼の担当になった。ああ、ほんとに楽になった。彼女の声や匂いにまで拒否反応を覚えるようになっていた私。これでやっと、また少しもとに戻れる。優しくなれる。明日と明後日は夫が朝から出かけてしまう。歩行器を、・・・持ち出そうか。

ああ、こういうことは書かないつもりだったんだがな。

 

 

「望」さん、ありがとう。

これは6月に咲いたもの。切り戻しをし、今また咲き始めています。

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シモツケ

義母が今お世話になっているデイサービス「望(のぞみ)」さん。照子さんもとてもお世話になった所。「望」さんのおかげで私の母は幸せな老後を送れたといっても過言ではない。

「望」さんに来る前、義母は大手のデイサービスに通っていた。リハビリに特化しているというので決めたのだった。しかしある時、そこを訪れた私は愕然とした。「姥捨て山」という言葉が真っ先に浮かんだのだった。

以前から感じていたことだが、そこの誰が悪いというわけではなく、大会社のシステム故のことだとは思う、勤務する人々は「ただ何事もなく無事にノルマを果たせれば、通常通りの報告書を作成できれば」その思いに支配されている。勤めるうちに自然とそうなってしまったのだろう、可哀想だとも思うが。ウチで義母が転んで痣をつけようものなら、「ここで転んだのではありませんからね、来所した時にはすでにあったんですからね」と言わんばかりの騒ぎよう。ちょっとしたことでも書類の山、わざわざ呼びつけてくどくどと説明。「こちらに落ち度はありませんからね」と言いたいのだ。わかった、わかった。

その訪問後、すぐに「望」さんに移れるよう手配してもらった。リハビリはウチでやればいいのだ。入浴させる手間も増えるが、もうコツはわかっているので回数が増えても平気だ。

地域密着型の「望」さんは、笑顔で迎えてくれる。スタッフたちは大変な仕事にも関わらず笑顔を絶やさず優しく、かといって無理のない自然体で接してくれる。通所者はみんなで一緒に和気あいあいと時を過ごせる。時には花見や買い物など、外にまで連れ出して気分転換を図ってくれる。それこそ何かあったら大変なので、そこまでしてくれる所は少ないのでは? 子供も遊びにくる(これは私にとって理想に近いかたち<参照:子供の遊び場 - ほさか夏子のブログ >)。ご飯もおやつも手作りで提供してくれる。とにかく融通が利く。とっても近いから、リハビリを兼ねて歩かせることもできる、なにかあってもすぐ飛んで行かれるしね。いいとこづくしだ。

今の私にとっても頼みの綱なんです、「望」さん。どうぞよろしくお願いいたします。

切れるものなら切ってみろ。

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季節外れの藤の花

藤の花が八輪、今咲いている。一所懸命に伸ばした蔓を、あとからあとからすぐに切られてしまうからだろう、彼女はこんな手を打って出た。「どうよ、今度は花よ、ほうら切れないでしょう。」季節のものと違い、明らかに「後で蔓になってやる」という意思が伝わってくる花なのだ。